和 邇 祭
H22.05.08.09
大津市和邇中 天皇神社
天皇神社の創建は康保3年(966)云われ 京都八坂神社の「牛頭天王」を祀り 「和邇牛頭天王社」と呼ばれ
昔は「天王神社」とされていたのが 明治9年(1876)「天皇神社」と改称された
湖西地区は比叡山延暦寺の影響が強く 殆どの神社がその末寺となり「樹下神社」と称するところが多い中
ここ天皇神社は 牛頭天王社でおよび小野氏の勢力が強かったことから 境内に樹下神社を祀ることで天皇神社の
名を残して延暦寺の末社とした
境内には「若宮神社」「天皇神社」「樹下神社」「三宮神社」「大国神社」「松尾神社」が祀られている
和邇祭は 5月第二日曜日に行われ 樹下神社が主体となって行われ 日吉大社の「山王祭り」の形式に似ている
天皇神社で神事が行われた後 和邇五社と呼ばれる神輿が南浜のお旅所まで渡御する
つい最近まで神輿は和邇川を渡っていたそうであるが 今は行われていない
五月八日 (宵宮)
神輿に飾りを取り付け 大宮神社(天皇神社)の神輿一基が和邇川の状況(水の流れ・水底の深さ等)を探るため
(最近まで神輿は和邇川を渡っていた形を残して)和邇川堤防まで渡御する
木元神社の神輿だけ残して 他の四社の神輿が神輿蔵に納まり本日を待つ
天皇神社 |
神輿の出発を指示する「ザイ(左)」と神輿を後ろから押す「竿」 |
神輿の飾りつけ作業 |
飾りつけ |
飾り物 |
大宮神社の神輿「川見」の神事 |
榎の交差点を行く神輿 |
樹下神社神輿の参宮 |
五月九日 (本日)
早朝5時頃 木元神社の神輿が参宮(一説によれば 木元神社の輿は 朝帰りと称して神鳥居から入らず 神社の
横から境内に入る)して五基の神輿が境内に揃う
午前中の神事の後 午後から神輿渡御の行事が行われる
お供え持った行列 女性は稚児を従えてお供えを頭上に掲げる |
各神社ごとのお供え |
「イワナシ(岩梨)」と呼ばれる根のある作物 |
神輿蔵で神事 |
境内に揃った5基の神輿 |
神輿担ぎの頭を担当する若者が行列の出発場所へ向かう |
行列が参宮するに当り若者が人払いの儀式を三回行う |
祭事の責任者が参宮に当り 出発する場所で祝詞奏上 |
各神社ごとに竹竿を持った若者が神社へ向かって走りこむ |
神輿渡御にあたり飾りを外す(川渡りの名残) |
神社を出て「ザイ」が倒されると神輿は一気に走り出す |
年配の役員の先導で神輿が走る |
遠くに三上山を望み 神輿が和邇川の堤防下をお旅所へ向かう |
南浜のお旅所に揃った神輿 |
長老たちもご機嫌 |
神主による祝詞奏上 |